管理人はだれ！？

2017年6月25日「日曜日」更新の日記

「売却求む！」などのチラシを見ての問い合わせや、インターネットからの購入の相談。会社から見れば、こうした手数料に結び付く可能性のある貴重な相談は、経験の少ない新人社員ではなく、「デキる」社員に任せたいと考えるのが本音だろう。実際、このような案件のほとんどを、敏腕のベテラン社員がこなしているという会社や営業所もあるようだ。とはいえ、そんな状況下であっても、新人が営業成績・数字をまったく求められないかといえば、そんなことはない。したがって、新人は「自分自身」でどうにかするしかないのである。これは、私とは別の営業所に勤務する、田村という後輩の話だ。地域に根ざした不動産売買仲介業者の営業マンは、お客様への紹介のためにも、担当エリア内の新着物件を把握しておく必要がある。そのため、日頃から新たに販売される物件の下見は欠かせない。また、下見と同時に、空家を発見した際、その持ち主に「売りませんか？」というアプローチを図ることもある。これらを目的に、田村が自転車で移動していたときのことだ。目の前に、荷物を載せて、出発した直後の引っ越し業者のトラックを発見した。トラックが出てきたのは、そのエリアでの売れ筋マンションである。田村は、一縷の望みをかけて全力で追いかけた。当然、自転車とトラックなので、引き離されはするものの、なんとか信号で距離を詰める。そんなことを繰り返しながら、約30分後のこと。トラックは、新居と思しき一戸建てにようやく停車した。息も絶え絶えに、田村は、そのトラックから降りてきた、「引っ越しの依頼者であろう女性」に声をかける。「ハア……ハア……すみませんっ！」「えっ？」「ゼイ……ゼイ……あのう、先ほど出発されたマンションに、お住まいだったんですか？」「……ええ、そうですけど」引っ越し先に到着したばかりの女性は、息の荒い謎の男を前に、明らかに戸惑っていた。田村はゴクリと唾を飲み込み、声をつなげる。「ご売却……オエッ、されるのであれば、私にやらせてもらえませんか？」「……はあ。それより……大丈夫ですか？・」自転車で必死にトラックを追いかけてきたスーツ姿の男が、鬼の形相で、突然物件売却の話を持ちかけてくるー相当怪しかっただろうが、なんと田村は、この女性と物件の媒介契約を結び、売却の依頼をしてもらえたのだ。本人は、「追いかけていた姿が「頑張り」と評価されたようです」と語っていたそうだが、女性は単純に、田村の迫力（不気味さ？）に圧倒されただけかもしれない。それにしても、引っ越しのトラックを見かけても、普通ならいきなり尾行という行動を起こすことなどは、まずない。ましてや、自転車で車に対抗しようとは……。好意的に見れば、田村は何か天性の営業勘を持っているのかもしれない。それから２ヶ月ほど後のことだ。再び、田村についての話を聞くことがあった。不動産業界では、他業者からお客様や物件を奪うことを、「抜く」と表現する。そのやり方はさまざまだが、いずれにせよ、グレーな営業方法であることが多い。例えば、他業者から売りに出されている物件について、売主に対し「あからさま過ぎない感じ」で、自社から売り出す話を持ちかける行為などはその典型例だと言える。さて、すでに述べたように、自転車でトラックを追いかけて媒介契約を取得した田村だったが、その後は、また案件がまったくない状態に戻り困っていた。そこで「抜き」を実行すべく、他業者から販売に出ている、とあるマンションの一室へ、思い切って飛び込み営業をする決意をした（ここまであからさまな飛び込みは、本来タブーである）。媒介契約書を片手に、販売手法の売り文句を確認し、万端の準備をして部屋の玄関前に立つ田村。緊張しながらインターフォンを鳴らすと、中から応答があった。「はい、どちらさまでしょう？」「あの、私、不動産業者の田村と申します！」「はあ」「今、お宅を売りに出されていますよね？・・・私にもお手伝いさせてください！」思い切って、田村ははっきりそう言った。物件の販売開始時期から考えれば、他社でなかなか売れず、売主がそろそろしびれを切らしてもいい頃だ。うちなら売れますということを上手くアピールし、顔を出してもらって、なんとか媒介契約をいただきたい……。などと思考を巡らせつつ待ち構えていたところに、返ってきた返事は意外なものだった。「いや、でも、うちは売ってないよ」「はい？」一瞬、状況が飲み込めないが、改めて聞いてみる。「現在、●●不動産さんからお宅を販売されていませんか……？」「●●不動産？ああ、それ、隣だよ！」大失敗である。顏から火が出るほど恥ずかしくなった田村は、「そうでしたか！大変失礼しました！」と言い残し、早々に立ち去ろうとしたが、なぜかそのとき玄関のドアがガチャッと開けられた。「ちょっと待って！不動産屋さんなんでしょ？うちも、ちょうどこの部屋を売ろうかっていう話をしていたところなんだよ。査定とか、いろいろお願いできるかな？」「は、はい！？」そしてなんと、即席の査定後、田村はその場で媒介契約をもらえたのである。訪問先を間違えて媒介契約を取得する例など、私は聞いたことがない。まさにミラクルだ。この話を聞いて以降、私の心の中で、田村は「奇跡の新人」の異名を持つようになったのである。

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